時間越しの景色

冬の野山の寂しげな雪たちも、時間越しの景色にはきっといないんだろうな

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天才の置き土産

ここを更新することも、これからはめっきり少なくなると思う。
ゆえに、今まで私の更新を楽しみにしていたハングリーなうんこたちには何かしら感謝の意を表明しなければならない。
しかし、私には金銭も名誉も地位もない。
そんな私が唯一持つもの、それをひとつ渡そうと思う。

リシャール数。
この言葉を知っているだろうか。
【リシャール数:ある数nがある。この数の属性の数がn個あった数をリシャール数であるとする。しかし、nの属性はリシャール数であるという属性を付け足すので、定義した時点からリシャール数ではなくなってしまう】
という定義であり、私の最も好きな定義である。
しかし、ふとこの定義を覆すことができた。
もちろん、私は数学者ではないし、数式にて解明できるほど熟知してはない。
だが、それでも簡単に覆す方法があった。
発想の転換、それをみんなに知ってほしい。

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  1. 2007/03/30(金) 00:31:11|
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おい、馬鹿ども

聞こえているか、馬鹿ども。
これはいったいどういうことだ?
どうでもいい記事にはコメントし、私を祝う言葉はまったくない。
このサノバビッチどもめ。

いいか、その腐りきった耳でよく聞け、このツンデレ野郎ども。
確かに、俺は妹たちに囲まれて、幸せな聖誕祭をした。
それはいいさ。
それが事実でなくとも。
だが、お前らはなんだ。
私に対する感謝の気持ちが、一言もないではないか。
「フヒー、戒音様、この愚かな私めにどうか祝わせてください、フヒーフヒー」
くらい言えないのか。

まぁ、それはどうでもいい。
この年になって、誕生日などとくだらないことに現を抜かしている暇などないのだ。
よく覚えておけ。

今私が悩んでいることはこれだ。
双子が生まれたときにどういう名前にするかだ。
チラッと、そのような内容の書き込まれた掲示板を見たが、不思議と前提は姉妹が多かった。
しかも、元ネタがありまくりだ、馬鹿どもめ。
しおり&さおり?
ゆうな&まいな?
優麻&優奈?
沙羅&双樹?
魅音&詩音?
杏&涼?
舐めすぎだろ…
日本人にとって、名前とは特別な意味を持つ、下手をしたら人生すら決めてしまう大切なものだ。
それを、それをこうも馬鹿らしく考えてしまうとは。
特に上二つ、子供がその名前の意味を知ったら泣くぞ。

男ではこんなのもあった。
達也&克也。
弟は野村監督かよ。

みんな、みんな舐めすぎだよ。

まぁ、それでもひとついいのはあった。
それは、翠(みどり)&蒼(あおい)だ。
つまりは、エメラルドとサファイアだ。
なんとも美しい名前ではないか。
こう、なんていうか、宝石のように美しくなってほしい、みたいな。
そんなささやかな思いがそこはかとなく漂う響き。
いや、元ネタあるんだけどさ…

なんだよ、うるせーよ、このハングリーうんこどもが。
  1. 2006/06/23(金) 19:17:55|
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真面目に執筆編#2

本日は廃人ラェさんの要望で書きましょう。
お題は、このブログのタイトルをも奪い取った「ハングリーうんこ」について。

まずはじめに言いたいのは、「ハングリーうんこ」とワールドカップに何の関係があるのか。
なぜワールドカップが近づくと、「ハングリーうんこ」が話題沸騰になるのか。
週間少年チャンピオンに連載されている某サッカー漫画とはまったく関係はないのに、なにを言い出すのか。
無知な私にはわかりかねます。

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  1. 2006/06/13(火) 23:15:06|
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真面目に執筆編#1

本日はみとぅを様の要望に従い書いてみようと思う。
今回は、所謂「カリスマ」というものについて、私自身の見解を述べたいと思う。

ナポレオンやヒトラー等、歴史上には一般的に考えられないほど他人をひきつける力を持つ人物が多い。
もちろん、それぞれ個々の能力や技術が秀でていたことには変わりないだろう。
だが、果たしてそれだけで多くの民衆の支持を受け、先導することが本当に可能なのだろうか。
恐怖を利用しない民衆の先導、私はここに何かしらの力が働いているのではないか、と考えるにいたった。

「カリスマ」、ここ最近ではよく耳にするようになった言葉であるが、その本質的な意味は誰も理解してはいないだろう。
宗教の教祖等の多くの民を動かす人は、この「カリスマ」を必ずといっていいほど持っている。
持てる者と持たざる者、その違いはどこにあるのか。
また、後天的に「カリスマ」を備えることができるのか。
そして、「カリスマ」とはいったいなんなのか。
それを今日、解き明かして行こうじゃないか。

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  1. 2006/06/06(火) 23:47:38|
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天才による転載~恥ずかしい文章たち~

さぁて、ここで恥ずかしい過去をさらけ出してみようか。
もちろん、俺のは出さないぜ。
恥ずかしいからね。
ということで、中学校の卒業文集から抜粋してみようか。

3年1組 M.Tさん 「中学校の思い出」
 僕が中学校生活三年間の中で印象深いものはたくさんあったけど、特に印象深かったのは二年生のときの運動会です。
 僕は二年一組で、出場した種目は障害物競走でした。障害物競走の順位は覚えていません。この運動会では一年、二年、三年とすべて一組が優勝しそうでした。一年、三年の優勝が決まって二年一組の優勝をかけた全員リレーがありました。一組は最初はよかったが、三組にぬかされてしまった。そのあと一組はぬかすことができずにそのまま二位でゴールした。これで優勝は無理だと思ったけど一位の三組がバトンをわたさなければいけない場所でわたせなかったので、三組の反則負け、その結果くり上げで一組が一位になった。そして一組が優勝した。これで今までなかったかもしれない全学年一組優勝がおこった。
 他に印象深かったのは、三年生の合唱コンクールです。つい最近にあったからかもしれないけど、皆で歌えたからだと思います。短い練習の中でよく歌を歌えるようになった。だけどもっと長い時間をかけて歌の練習をしたかった。本番ではよくわからないが自分たちの力を出し切れたと思う。
 この三年間いろいろなことがあったが、これからは頑張っていきたいと思います。これからいろいろ苦労すると思うけど○○○第二中学校で経験したことをいかして、○○○第二中学校の生徒として恥ずかしくないようにすごしていきたいと思います。


なんていうか、思い出が運動会と合唱コンということが素晴らしいね。
旅行イベントは楽しめなかったのね、合掌。
俺なんて、両方とも楽しいなんて思ったことないもの。
もちろん、運動は苦手ではないし、合唱コンなんかパートリーダーやらされるくらいだ。
俺の話はどうでもいいが、問題はここ。
>この三年間いろいろなことがあったが、これからは頑張っていきたいと思います。
三年間どころか、大学は二年間でいなくなったね。
まぁ、いないくらいでちょうどいい人物だったよ。


3年2組 4692さん 「四苦八苦」
 この学校に入学して3年という長い長い日々がようやく終わりを告げようとしています。思い起こせば3年間、けっして苦しく、辛いことだけではなかったと思います。むしろそう思いたい。
 楽しいことの代表として挙げられるのはやはり修学旅行や林間学校などです。集団行動、生活には必ずルールが生まれ自由は死んでゆきます。学校生活だからしょうがないけれどそうすれば苦い思い出とかわってゆきます。逆に言えば一人や少人数の価値を実感でき、いいとも思えますけど…。まあ集団行動は大切だと思いますけどね。
 本当に楽しかったといえば学校が終わって家に帰って寝ることか遊ぶことぐらい。友達と遊ぶとしても、3時までは自宅学習などの束縛がよくありました。
 以上のとうり、けして楽しくてしょうがない学校生活と割り切れるわけではありませんでした。(少なくとも自分にとって)でもためになったことはなんかしらあるだろうし、楽しい高校生活を夢見て卒業してゆくつもりです。


中二病だね。
いや、確かに彼の中学校時代はけっして華があるものだとはいえなかっただろう。
よく殴られているところとか、ロッカーの中に押し込められているところとか、目にしたもの。
それでも高校生活に希望を持ってるのがすごいね。
確かに高校デビューって感じはあったさ。
その高校生活をともにすごしたのがなんと、この俺だったりね。
まぁ、中学校当時は、まさか一緒にバンドをやるなんて思わなかったさ。
いやでも、楽しかったと思うよ、バンドは。


3年3組 JAKO雅さん 「中学三年間」
 三年間は、あっという間だったという人がよくいるが、実際その通りだったと実感している今日この頃。本来ならば、三年間の思い出として林間学校やら修学旅行やら遠足の事について書けばいいのだが、皆同じようなことを書いたりしそうで、なおかつこの場ではとても書き決る自信がないので違うことを書こうと思う。
 話を最初にもどして、三年間は本当にあっという間だったのかと改めて考えてみると、そりゃ楽しい時間ならあっという間に過ぎていくけども、授業中などのいわゆる「かったるい」時間は時計が止まって見えるほど時がゆっくりと過ぎて入ったような気もする。そんな生活を一日また一日と過ごしていくうちに何気に気付いたら時が経っていたという感じなのでしょうか。私は決して一日を無気力に生きてきたつもりはありません。無駄に見える一つ一つの行動も何かしらの意味を持っているハズです。そんな中で中学校生活はさまざまな経験をさせてくれました。この貴重な経験がこの先、生きていく上でどのようにして役に立つかは今はまだわかりませんが、決して無駄な時間ではなかったと思いたいです。
 とまあ、途中で話が脱線したかも知れないけど、こんな文章を最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。


相も変わらず、昔から堅苦しい文章を書くなあ。
>無駄に見える一つ一つの行動も何かしらの意味を持っているハズです。
これは俺の言葉だな、確かね。
無駄な時間ではなかったと思いたい俺と過ごした時間、多分無駄だったね。
さらには、読んでくれるどころか、転載までされちゃって、礼をいわれる筋合いはないぜ。
まぁ、新聞に載ることを楽しみにしてるよ。
是非とも期待に応えて下され。


3年3組 戒音さん 「一年間の思い出なかった」
 三年間の思い出をかたるのは、めんどくさいので、最後の一年だけとりあげます。あまり長くないけど、最後まで読まないで下さい。
 三年生なんて楽なもんです。大変だと思っていたけどそれほどつらくなかった。部活も終わるし、授業もあまり出なくていいし、なにより、中学校から開放されます。9年間の教育にたえた人たちは、これから社会人になる人もいます。自分の意思で高校に行く人もいます。それぞれ自分の道を目指していきます。
 修学旅行という行事は、いったいなんなんでしょうか?京都とか奈良というものを、2・3日でかけぬけてしまう。木当は一つの場所に半日ぐらいいるべきだと思う。ずっと建物を見てなくとも、仲間との他愛ないおしゃべりをしてるだけでいい。その場所にいたということが、一番大切なのだ。事前学習をするにしろそうでないにしろ、木当に修学するには一週間から十日ほどとるべきである。
 そんな修学旅行でも、住めば都、とても楽しかった記憶がある。友達とのおしゃべり、お土産の購入など、すべてが新鮮に感じられた。皆で飲んだ酒は格別においしかった。(嘘)
 文化祭や合唱コンなど、やってる人がつまらないものは飛ばそうと思う。そんなものを書いても意味なさそうだ。
 そんなこんなで三年間が修了しそうである。正直、自分は高校生という感じはしない。まあ、やめたかったらやめてもいいし、少し気楽に高校に行こうと思う。


さあ、これは誰の文章だ。
俺だね、俺。
なんていうか、下手だなぁ、文章が。
支離滅裂なところは今も変わらないが、もうちょっと読み手を意識して書くべきだね、まったく。
修学旅行のくだりはパクリです、横井さんの。
今だからばらしますよ。
とっとと次に行こう。


3年3組 次元さん 「理科部」
 1年間野球部に入るもあっさりやめ、理科部に入る。理科部にはおもしろい友達がたくさんいた。そのかいもあってとても楽しく活動ができた。楽しい時間はすぐに過ぎてゆく。理科部にはいつも話が絶えない。皆、おんなじ性格のような人間がそろうらしい。周りには同じように野球部をやめて入ってきた者や、おもしろく、そして頼りになる部長、そんな中にいる自分は楽しくてならない。
 そしてまだ話は絶えない。
化石を持ってきた。けずる、けずる、けずるけずる……セミの声が聞こえる。いよいよ文化祭。今年も水ロケット。
 そこでもまだ話は絶えない。
 水ロケット、飛ばす、拾う、の繰り返し。最後らしい終わり方。
部活に来なくていいと言われる。
 皆で映画を見に行く。
「アオシマー」という言葉が耳に残る。
今ふりかえると思い出はこれぐらい。大切な時間を楽しく過ごそうと決めた一年の春。決め事を達成できなかった二年の春。新しい気持ちをもち出発した二年の夏。そして楽しかった時間の二年の秋冬。楽しい時間が過ぎてゆく三年。
 そして話は途絶える。
みんなとは話すが「話」は途絶える。
あんなにやる気のない部は他にはないはず。それは誇りだと想う。
これからはサッカーをやろう。


なんていうか、超シュールだ。
実は、俺は中学時代はあまり次元先生とは絡んでないんだよね。
一年のときは同じ野球部だったような記憶と、大門という記憶しかない。
いつの間にか、遊ぶようになった。
話、今も続いていてくれるといいな。
なんてね。

ここからはダメ人間たちだ。
いつか新聞に載るかもしれないから、記録として超重要ね。
チェキしておいたほうがいいよ。

3年3組 牧島正男さん 「部活について」
 ぼくは一年生のころサッカー部に入っていました。でも部活はつまらないしさぼってゲームセンターに行くほうが多かった。サッカーは休みの日とかに友達とやるのはおもしろいけど、部活やるのはつまらない。それは練習の内容がきまってて、別のことができないしもう部活をやる日がきまっている。それにくらべてあそびでやるサッカー(スポーツ)はやりたい日にできるし、なにより自由で好きなことができる。ノドがかわいたらコンビニとかにいってジュースを買ったり、サッカーがあきたらほかのこと(野球とか)ができる。けっきょくサッカー部はずっといかなくて、ほぼクビ状態でやめた。やっぱり部活は最後までつまらなかった。

お前、ゲーセンは学校で禁止されてるぜ。
せめて隠せよ、と。
当時はまだ、外に出ていただけまともだった。
今は毎日がエブリデイ状態。
ここまで愚痴っている卒業文集も珍しい。


3年3組 kalさん 「私」
 いきていると色々な事が起こるが、そんなことはどうでもよくなってきた。
もう自分には考える力もなくなってしま。

もういい

もういいや

どうやったら
ごはんがおいしくたべられるの?

 もういいよ

 もうええ

せめて人間らしく(仮)


すごいね。
つかまったら、俺は即週刊誌に持って行きそうなほどいい感じの文章だ。
また、これに付随されている絵がすごい。
なんともいえない独特なタッチによる、ひどくシュールな絵だ。
そちらもあわせて読んでもらいたいところだ。
個人的には弁論大会用に書いた彼の作品「マリスミゼルについて」という嘘八百を並べた作品もお勧めだ。
いまや入手することすらできないことがなんとも惜しい。
これからに期待だ。

ラストは最強で最凶なこの作品。


3年3組 1+11さん 「しゅがくりょこう」
しかがいっぱいいました。ごはんをたべました。そうめんもたべました。きんかくじもいった。みんなでテレビをみたりおしやべりました。こっぷもつくりました。みんなでねたりしたした。おみあげーかいました。バスにのりました。タクシーにものりました。しかにさわたときちょっとこわかったです。ならにもいきました。まいこさんにであいました。しんかんせんでともだちとおしやべりもしました。へやがきれでした。バスがイドさんがいろいろおしえてくれました。みんながやさしくしてくれました。きんかくじがすごくきれでしかがかわいかったです。また、いきたいです。あめがふっていました。みんなでテレビをみて、おもしろかったです。しんかんせんでおしやべいした。ごはんのとき、こうりょうせんせいがビデオをとっていました。わたしたちのはんにもビデオをとっていました。よるみんなで、おしやべりしました。たのしかったです。しんかんせんでつかれてるてしまいました。
もうしゆうがくりよこうは、ないけどたのしいしゆうがく、りよ、こうでした。


なんか、怪文書みたいだ。
コメントはもう、差し控えます。
各自、判断、して、ね。


とまぁ、こんなもんさ。
少しは楽しめたかい、愚民共よ。
俺に更新してほしければ、せめて
「フヒヒヒヒ、すいませんすいません、この愚かな私めに、戒音様の文章をぜひとも拝ませてくだせぃ、フヒーフヒー」
くらい言ってほしいね。

それじゃあ、また明日。
  1. 2006/05/15(月) 12:50:09|
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