時間越しの景色

冬の野山の寂しげな雪たちも、時間越しの景色にはきっといないんだろうな

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

タイトルの意味

この日記のタイトルは「時間越しの景色」という名前だ。
多分、そんなことを気にする人はこの世の中に自分以外居ないであろうが、それでも、思い入れの強い言葉なのは変わらない。

「時間越しの景色」
この言葉は、僕の作った一文、
「冬の野山のさびしげな雪たちも、時間越しの景色にはきっといないんだろうな」
というところからの抜粋である。
それはタイトル下部を見てもらえればわかるところだろう。
この言葉の意味、考えたことがある人はどれくらいいるのだろうか。
世界広しといえども、私一人くらいのものではないだろうか。
だから、私はこの言葉が好きなんだ。

永遠というものについて、本気で考えたことがある人はいるだろうか。
無常というものについて、本気で考えたことがある人はいるだろうか。
おそらく、ごく少ない人数しかいないと思う。
でも、一度考えてみてほしい。
本当に永遠はないのか、本当に流転は終わらないのか、と。

僕は考えてみた。
人並みにも満たない小さな頭脳で、それこそ本気で考えてみた。
そういう中で生まれたのがこの言葉なんだ。

時間は流れ、いつしかすべては換わり行く。
だから、同じ景色は、もう二度と見ることができない。
けれど、そこには新しい景色があるのだ。
思い出に身を移すということも、人間にとってはとても大切のことだろう。
それでも、それでも私たちは変わってゆかなければならない。
変わらぬことと変わること、それを持ち合わせるからこそ、それを感じるからこそ、今生きているのだと思う。

こうして、また僕は疎外されてゆく。
スポンサーサイト
  1. 2005/09/12(月) 23:06:59|
  2. 日想|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<次元の壁 | ホーム | 立つ瀬にはらむ影>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://soeur.blog7.fc2.com/tb.php/12-93bab565

戒音

04 | 2017/05 | 06
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。