時間越しの景色

冬の野山の寂しげな雪たちも、時間越しの景色にはきっといないんだろうな

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雪月風花

様々な諸事情の故、更新頻度が非常に低くなっておりますが、そんなことは意にも介さず、徒然となるままに更新をばしていこうかという所存です。
そんな中、何も思い当たることもなく、ものを書こうかと思えば、これもまたいとをかしと思い、それを綴れるという事に気づいたところであります。

さぁ、なんとなく更新しようかなぁ、と思い立ったけど、特に変化があったわけではない現在、なにを更新しようかな、と思う。
何気に、苺ましまろの意味に気がついたとか、そんなどうでもいいことは、この際おいておくとして、某廃人氏に薦められたお話を読んでいるところだ。

私は、こう見えても結構頭が切れる。
勿論、物理的にではない。
その所以はともかくとして、そういう前提で話を進めていこう。
簡単に説明すれば、人より活動している時間が長い、ただそれだけのつまらない理由であるし、それが現実かそうでないかは問わないだけだから。
まぁ、本当にそれはどうでもいい話。

廃人しに進められたものは、巷では有名なホラー若しくは、サスペンス、果てまたミステリーに値するものであり、そのジャンルは一概に説明することが難しいものである。
最初に読んでいるころは、正直なところ「これはつらいなぁ」なんていう感想だった。
それはもちろん、話全体のことではなく、なんと言うか、その話の持つ雰囲気みたいなものが、あわないという意味である。
けれど、それは大きな間違いであったことに気づかされる。
話が進み、動き出すにつれ、なんというか、その雰囲気みたいなものに拒絶感を示さなくなった。
そうなればもう私のことだ、普段から文字を読むこと、書くことに触れている故、自分も取り込まれてゆく。
気がついてみれば、私はもう、その世界の住人なのだ。

然るに、私はすべての自称において非常に影響されやすいものである。
それと同時に、何物にも影響されないものでもある。
一時的に自分の中に取り込み、いや、自分が取り込まれているのかもしれないが、そうして自分のものになれば、それはもう自分であり、自分ではなくなっている。
つまり、私が触れたものはすべて自分であり、それは自分ではない、ということだ。
簡単に言えば、嵌りやすく飽きっぽい。
少し違うことがあるとすれば、その前後でまったくの別人になっていることだろう。

いや、なにが言いたいかはわからないが、タイトルがまったく関係のないことだけは言える。
けれどそれを聞いたことところで、あなたは答えることができない。
だって、あなたは知らないのだから。
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  1. 2005/10/06(木) 20:33:35|
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