時間越しの景色

冬の野山の寂しげな雪たちも、時間越しの景色にはきっといないんだろうな

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めるへんに~と

mixiを見ていると、こちらからは一方的に誰だかわかるのに、おそらく相手は自分のことを誰だかわかっていないなぁ、なんて思うと、少し申し訳ない気になる。
でも、気になるだけだ。
見る人が見れば、誰だか特定するのは容易だろうし、同じ高校だった人ならば、卒業文集と私のサイトを見比べれば、確実に私を特定することができる。
別に、疚しい事を何かしているわけでもないので、特定されようがされまいが、どうということはないのだが、私ほど他人に好かれない人物もいなかったであろうから、そういう面では、やはり少し躊躇う。
いつも書いているけど、正直私より性格の悪い人間なんて見たことがない。
なんていうか、敵を作る術を知っているような、それくらい他人に対して不快な思いをさせることにかけては秀でている。
自慢にもならないが、それが長所だと思っているあたり、性悪だとおもう。
まぁ、これはmixiの城東コミュの人への最大限のヒントということで、この辺にしておこう。
オチもないし。

さて、久しぶりに更新しているわけだが、とりわけ書くこともないね。
最近嵌っていることもなければ、特に変わった事柄もない。
でもそれが一番幸せなことだと思う。
常に変化を求めている人間も少なからずいるだろうが、変わらない日常の中にある幸せというものには、案外気づかないものだ。
でも、その日常が幸せだということに気づいてしまったら、それはもう、幸せではないのかもしれない。
いつか終わる物だって知っているから。
永遠なんてないと知っているから。

一度その事実に気がつくと、後はもう泥沼のように嵌ってゆく。
先ほど嵌っていることはない、と書いたが、私が今嵌っているとすれば、この泥沼なのだろう。
この世の中が、どれほど危うい均衡の上に成り立っているか、見えたことがあるだろうか。
この世の終わりへと続く、終焉への歪みを見たことがあるだろうか。
私の中で構成される世界は、こんなにも脆いのだと気がつくことがあるだろうか。
きっと、その事実に、気がつかないことこそが、人にとっての、最大の幸せなのだと、いまさら気がつく。
もう遅いのに。

結局、私は自分が他人とずれていると思い込むことによって、自分を保っているのだと思う。
本当は、ずれているところなんてこれっぽちもないのに、それを認めるのが怖いから、ただただ全力で否定しているだけ。
何も変わらない、普通の人間なのに。
他人と自分が違うと思い込んで、自分を保つなんて、自己形成という面においては、未成熟なのだということを教えられる。

人を呪わば穴骨洞、とはよく言ったものだね。
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  1. 2005/10/21(金) 20:35:32|
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戒音

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