時間越しの景色

冬の野山の寂しげな雪たちも、時間越しの景色にはきっといないんだろうな

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さぁ、練習しようか

先日、高校時代の友人みとぅを君と会った。
彼と会うのはもう何年ぶりのことなのだろう。
すっかり変わり果ててしまった容姿に高揚感を感じながら、Rさんを含めたわれら3人はカラオケへと向かった。
道中、彼とはいろいろな話で盛り上がったことは言うまでもない。

カラオケ。
俺にとってそれはもう、久しぶりなものだ。
一緒に行っていた人達とは、極端に合う機会が少なくなり、それと共にカラオケに行く回数も減った。
だから、本当に久しぶりになのだ。


思えば、俺が歌を知ったのは何時だろうか。
俺が卒業した小学校は、音楽教師に力を入れているようで、合唱やブラスバンドなどにおいて強制的に参加させられ、区のコンクールへと出場させられる。
そのころの俺は、まだ歌うことの楽しさなんて微塵もわからず、ただただ声を出していただけだ。
さらに、当時は周りもみな小学生。
ファルセットで歌うことが当然という状況であり、また俺もそれを当然のことだと思い込んでいた。
そんな経緯もあり、俺は今でも高音の裏声を綺麗に出すことができたりする。
付け加えて言えば、ほとんどの金管楽器を演奏することもできる。


そんな俺が代わったのは中学生だ。
中学生ともなれば、学級活動などで歌を歌うこともなくなり、自然と歌う機会が減っていった。
その所為かどうかはわからないが、その頃に、やっとCDを買うようになる。
そして、俺の歌の人生を変える大きな出来事が起こる。
その引き金は、周りから見ればどうということはないだろうが、俺にとっては本当に、本当に衝撃的な出来事だった。
だから、俺は今でもその点についてkalに感謝している。
今歌うことができるのは、彼のおかげだから。


そのきっかけは実に単純、カラオケだ。
俺は中学生にして、初めてカラオケに行ったのだ。
個人が人前で歌う。
やはりはじめはすごく恥ずかしいもので、信じられないだろうが、この俺ですらも躊躇いはあった。
だが、周りの人間も状況は同じ、さらに言えば、これは客を入れて金を取るライブでもなんでもないのだ、どれだけ下手だろうといいのだ。
そして、知ることとなる。
そこで聴く周りの人の歌、そこで俺は衝撃を受けた。

裏声で歌わなくてもいい。

それを知った。
嘘のように思われるかもしれないが、俺はその時まで、歌を地声で歌っていいことを知らなかったのだ。
確かにCDを買ったり、歌番組を見たりはしていたが、その当時に贔屓にしていたglobe以外は大して興味もなく、また歌うのもそれだけだったので、本当に知らなかった。
これが、俺の歌に対する大きな機転となる。


それからは変わった。
裏声で歌わなくていいことを知れば、もともと裏声でしか歌っていなかった俺には選択肢が大きく広がるからだ。
だが、今まで女性ボーカルの歌しか歌わなかった俺には誰の歌が一番自分の音域と合うのかはわからなかった。
だから俺は、当時の音楽情報提供番組を漁るように見た。
売れたCDは買ったり借りたりして、当時の邦楽を聴き漁った。
しかし、スピッツ、ミスチル等、いろいろな歌を歌ってみるものの、いまいち自分に合う歌が見つからなかった。
そんな時出会うのだ、これが俺の第二の機転。


初めてのカラオケ以来、しばしば行くようになった俺だが、まだ明確には自分の歌う歌の方向性を決めておらず、やはりglobeや華原朋美等の高音女性ボーカル曲がメインだった。
そんな中、誰かが歌った歌、「flower」という歌があった。
当時はまだ、今ほど有名ではなかったL'Arc~en~Cielの曲だ。
ラルクの歌は難しい、それがそこにいる人達の感想だった。
俺自身は、その歌には特に何も感じなかったし、別段興味もわかなかった。
それ故に、俺が後にこのバンドの曲をカラオケの十八番とすることは知る由もなかった。


数年の月日が流れ、もはやカラオケに何の抵抗も感じなくなった俺は、それでもまだ持ち歌が見つからずにいた。
毎日のように音楽情報提供番組を見続けることも、変わらなかった。
そんな中、ついに見つけることとなった。
いつもの様にCDTVを見ていると、見慣れないバンドが出てきた。
それがL'Arc~en~Cielだった。
見慣れないのも当然だろう。
彼らはとある事件により、活動を休止していたのだ。
それについては追って説明するまでもないだろうが、とにかく俺の中に初めてL'Arc~en~Cielというバンドが認知されることとなる。


そして徐々に彼らに注目してゆくようになる。
1998年、彼らは今までの鬱憤を晴らすようにCDを出した。
その度にランキングのトップに来るものだから嫌でも注目してしまうし、周りの人間たちも話題にすることが多くなった。
それにつられてか、俺も彼らの音楽を聴く機会が別段と増えた。
そして、カラオケで歌えるほどにまで聴き込んでいる自分がいた。


それまでうまいうまいとは言われていたものの、周りが地声で歌う中、一人裏声で歌っていた俺はやはり多少は肩身が狭かった。
そこで歌うのだった、ラルクを。
最初はみんな笑ってた。
それは当然だと思う、今まで裏声でしか歌わなかった人間が、hydeとは似ても似つかない容姿の人間が、高い地声で、大きな声量で歌うのだ。
俺だって第三者視点だったら大爆笑だろう。
でも、俺にとって始めて地声で気持ちよく歌える歌がラルクだったのだ。
その当時はうまいとかうまくないとか、そんなことは気にせず俺はラルクを歌っていた。


高校にあがり、遊ぶ人間もがらりと変わる。
新鮮な環境に驚愕しながらも、それなりに過ごしていると、カラオケに行こうなんていう話に出会った。
初めて行く人達ではあるが、特に断る理由もないので、親交を深める意味でも参加することにした。
そしてそこで俺は歌う、ラルクを。
ナルシストな人が、そこで笑っていた。
当然だろう、中学生時代、ラルクを歌えば周りは笑う。
俺はそういう受けをとる意味でも歌ったつもりだった。
上記にも書いたが、ある意味それはすごいギャップだから。
だが、他の人たちの反応は違った。
上手い、凄い、真剣な顔でそう言われたのははじめてだった。
そこで俺は始めて知った、ラルクを原音で上手く歌うことは、実は難しいことなのだ、と。


それからはもう扱いが変わった。
いろいろな人とカラオケに行くようになると、名前程度しか知らない相手や、バンドのボーカルの人達から、歌を聞きたいといわれるようになった。
俺の歌=ラルクという認識が広まり始めた。
その一躍として、文化祭で歌った「虹」もあったと思う。
バンドもやったりした。
俺の声質に合わないからと、メロコアやパンク等ののりのいい音楽ではなく、ラルクをやってくれたことは今でも感謝している。
高校時代は、俺にとっての歌の充実期だった。


そんな高校も黄昏に染まる頃、俺はもうひとつ大きな転機を迎える。
昔からの信念として、歌うものが詩を書くべきだ、というものがあった。
だからこそ俺も、中学時代から歌詞を書いていた。
しかしそれは、今にして思い返してみれば中二病全盛期とも言える内容で、お世辞にも心に響くものではなかった。
美辞麗句を並び立てたそれは、まさに偽りの彩色である他ない。
そんな俺が、変わったのがこの頃。
高校を卒業した後に友人に会うと、性格が変わった、なんてよく言われるが、実は変わったのは卒業後ではなく、まさにこの時期、卒業間際なのだ。


その大きな一因として、俺はあることを知ったのだ。
それまでは、退廃的、虚無的なことこそが美しいと思い、人間に生きている価値などない、全て滅んでしまえ、なんていう思想だった。
俺はそれがわかる人間だ、それがわからない奴は要らない、なんて。
恥ずかしいくらいに中二病だ。
だから俺は全てを見下していた。
映画とかドラマで泣く?頭がおかしいんじゃないか、そんな感じだった。
だからこそ試してみたかった。
当時話題になっていた泣けるものを。
この俺を泣かせられるか、やれるものならやってみろ、そんな意気込みのもと読んだその物語は、あっけなく俺のその意気込みを粉砕した。
俺は、初めて、作り話に涙したのだ。


それからはなんていうか、世界が変わった。
いろいろとわかった。
普通の人が受け入れられていることを、そのときにはじめて受け入れるようになったのだ。
だからほかの人間からしてみれば全く意味のわからない俺の卒業文集、俺からしてみれば本当に卒業文なのだ。
中二病からの卒業。
それが形として現れているものがそれなのだ。


書く詩も変わった。
思想が変わったのだ、それは当然ともいえることだろう。
退廃的、虚無的なことはもう、書かなくなった。
それは今、俺の伝えたいことじゃないから。
なくなってしまうからこそ価値がある。
永遠なんてものは必要ない、それは現実の否定だから。
それが今の俺の根底を支える思想だ。
見てる人はいないだろうが、俺のサイトにある詩を眺めてみればそれが一目瞭然であり、高校在学中に書いたものか、それ以降のものかは如実に現れていると思う。


そういう意識変化もあり、俺の歌はさらに変わった。
詩を大切に、本当の意味でそれを理解できるようになった。
それと同時に、歌うことのすばらしさも再認識した。
音程やリズムを取ることが上手いんじゃない、それがわかった。
歌詞に込められた思い、それを如何に表現するか、それが歌の上手さなのだと知った。
だから俺は言う、歌詞を理解しろ、と。
それが例え、歌詞を書いた本人の意向に沿わないものでもかまわないと思う。
自分で解釈し、自分で表現すること、それをするからこそ歌になるのだ。
思いが伝わるのだ。
見せ掛けの装飾では伝わらないことは、この俺が良く知っているから。


そうして今に至る。
昔ほど詩を書けなくなった。
でもそれは当たり前だと思う。
感情の動きがなければ、本来書けないものなのだから。
だから今では、自分の感情が動いたときだけ書くようにしている。
それが追想であり、茨の森であり、Brillez a cielである。
だから俺は胸を張っていえる。
例え声が出なくとも、例えリズムがずれようとも、高校時代の俺には歌で負ける気はしない。


なぜ今にこんな話を書くのか、それはやはりMGTの結婚だろう。
彼の結婚式の二次会に御呼ばれしている俺ではあるが、正直迷っている部分がある。
おそらく、二次会ともなれば定番のカラオケは必然ともいえるだろう。
そうであったならば、俺はそこで歌うことになる。
いや、むしろ彼のために歌いたい。
物質的な面で最上級の贈り物をする以上、精神的な面でも最上級の贈り物がしたい。
だからこそ、再確認したかった、俺の、歌に対する、思いを。


さぁ、彼のために練習しよう。
みんなで歌おう、巫女巫女ナース。
そしてみんなで感じよう、「はじめてのけっこんしき」を。


嗚呼…もう帰らなくちゃ…
炎多留の光が聴こえてきたから。
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  1. 2006/09/19(火) 03:30:29|
  2. 日想|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:3
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コメント

あのあとglobeのアルバム,久しぶりに聞いたよ.ファーストアルバムのほうがいいかな
  1. 2006/10/20(金) 10:58:27 |
  2. URL |
  3. みとぅ #RaJW5m0Q
  4. [ 編集]

ビブラートをだいぶ習得してきたから、また今度カラオケに行こう。
  1. 2006/10/26(木) 15:46:54 |
  2. URL |
  3. か #UAFbf53c
  4. [ 編集]

おお!
12月末なら暇だぜ(うまくいけば卒論終わってるはずだからw)
  1. 2006/10/26(木) 17:56:58 |
  2. URL |
  3. みとぅ #RaJW5m0Q
  4. [ 編集]

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