時間越しの景色

冬の野山の寂しげな雪たちも、時間越しの景色にはきっといないんだろうな

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伝説の城東高校生~Mの悲劇~

先日、高校時代の友人を交えて交流する機会があった。
そのとき、懐かしい名前が話題に挙がった。
彼、そうここでは仮にM氏としておこう、その彼の名前を、久しぶりに聞いたのだ。
今日はこの場所で、そんな僕の懐かしい思い出話なんかを書き綴っていこうかと思う。
なるべく誇張をしないで書こうと思うので、退屈な話になってしまうかもしれないが、僕の彼に対する尊敬の念を受け取ってもらえたらと思い、記そうと思う。

僕と彼との出会いは、部活動だった。
誘われるがままに入った部活動ではあるが、そこに彼がいたのだ、これはもう、運命としか言いようがない。
僕は、この奇跡に、今でも感謝の祈りを捧げるばかりだ。

彼、M氏は、一目見れば忘れることのできないほどの印象的な人物で、その存在感たるや何者をも魅了し、矮小な僕程度では、もはや話しかけることも不可能ではないか、と思われるほどの偉大な人物だった。
そんな彼ではあるが、その類稀なる才能により、度々他の凡人達からは嫉妬の対象として見られることも少なくはなかった。
部活動内でも、影からは「負け犬」、「チンプ(チンパンジーと陳腐の両方をかけた意)」と呼ばれていた。
僕も内心そう思ってはいたが、今考えると、あれは嫉妬以外の何者でもなく、恥ずかしいばかりである。

さて、なぜ彼がそのようなあだ名で呼ばれるようになったか、その経緯からお話しなければならない。
彼を知らない人に、彼の魅力を説明すること、それはとても難しいことかもしれないが、きっとこのような発言場所を与えられたことは、後世に彼の偉大さを残すための責務であると考えられるし、嫉妬心に焦がされた僕の贖罪でもある。
だから僕は、許される限りの力を使い、彼を伝導しなければならないのだ。
きっと、彼もそれを望んでいると思う。

話を戻して、彼のあだ名について。
あれはいつの頃だろうか。
おそらく、彼と共に学ぶことを許されるという奇跡が起きた年、僕が高校2年のときだった。
当時の英語の授業において、こんな話をやったのだ。
曰く、チンパンジーは自分より強い者に媚び諂う。
その姿が、まるでM氏のそのままの姿であるかのように見えたのだ。
M氏はきっと人一倍負けず嫌いで、また努力を惜しまない人だったのであろう。
部活動の顧問や、キャプテンサミーに媚び諂い、何とか自分をその権力にあやかろうとしていたのだ。
確かにそれは、当時の僕らにとっては格好悪い姿に映っただろう。
高校2年、権力や秩序に反発し、自分の存在意義や、自由に身を委ねたくなる年頃だ。
そんな僕らから見れば、彼は陳腐であり、権力の犬に見えたかもしれない。
しかしどうだろう、今現在、あれから多くの経験を重ね、彼の姿を思い返してみれば、彼の行為は決して醜いものではなく、むしろ自分の誇りまで捨てて目標を達成しようという、なんとも男らしい姿ではないか。

誰だかは知らないが、そんな彼のことを「チンプ」なんて揶揄し、あまつさえ影でそれをネタにして大笑いしていた人物、僕は決して許せない。

そんなこともあり、彼は部活動ではひとつ浮いた存在となってしまったのだ。
ルール上、コンビを組んで行う部活動なので、僕たちは二人一組になることを課せられた。
そんな中、M氏は誰ともコンビを組めないでいた。
彼は激昂し、度々話し合いの場所が設けられたが、第一次ダブルス、第二次ダブルスの両者において、彼のコンビが見つかることはなかった。
そのたび彼はあまりにも憤怒するものだから、部活動内でもことさら大きな問題となった。
もちろん、それでも彼と組もうなんていう心意気のあるやつは誰もいなかったことは、言うまでもない。
しかし、今にして思えば、それは膨大なる嫉妬心の裏返しであったように思う。
本当は彼と組みたいが、それだと自分が目立たなくなってしまう。
アイデンティティを求めたいお年頃、それは仕方のないことなのかもしれない。

彼の伝説を語る上ではずすことのできないお話もある。
それはこんな話だ。
夏真っ盛りの暑い日、僕たちはあいも変わらず部活動に打ち込んでいた。
学校の設計上、僕たちの使用する場所だと、どうしてもプール内に球が飛んでいってしまうことがある。
故意にせよ過失にせよ、そういう事態が起これば、もちろん球を拾いにいくわけだが、その日はたまたま水泳部がプールを使用していなかった。
僕たちはそれいいことに、薄汚れた体操服を着たままプールに飛び込んだのだ。
炎天下の中、それはまるで砂漠に見つけた一縷のオアシス、我先にと競い合った。
しかし、それはオアシスでもなんでもなく学校のプール、当然発覚し、あえなくお呼び出しを受けることとなった。
この発覚の発端となった生徒が、実は同じ中学校の人物であったことはまた別のお話。
僕たちは、筋肉だけが取り柄の体育教師に説教を受けることとなった。
しかし、彼は、M氏だけは違った。
先輩としての立場上、後輩たちの罪も僕たちがかぶろう、そんな中向かった僕たちであるが、M氏は一人だけそれに異議を唱えたのだ。
「飛び込んだのは誰だ」そんな教師の詰問に、「僕たちだけです」と答えるわが部一同。
しかし、M氏だけは「1年も入ってたじゃねぇか」と言い退けたのだ。
その当時、僕は彼のことを、なんて空気の読めないやつなのだろう、と卑下してしまったが、今考えるとそれは間違いであった。
罪を犯したものは罰を受ける、そんな当たり前の社会の常識を、彼は教えたかったのだ。
その彼の粋な計らいを察することができなかった僕を、どうか許してほしい。

彼の売友とも思われる行為はこれだけにとどまらない。
いや、当時は売友に見えたかもしれない行為であるが、今考えればきっとそれも何かしらの意義があったのだと思う。
それを見つけてほしくて、次はこんな話をしよう。

当時、それは確か携帯電話が急速に普及し始めた頃だろう、そんなときに流行ったのが所謂チェーンメールというやつである。
その中でも、当時莫大な話題を掻っ攫ったのは「アメリカ村」というメールである。
興味がある人、記憶に自身のない人は改めて検索をしてもらうとして、大まかに話せば、「1日以内に○人に回さなければ殺す」という突拍子もない内容である。
何でも、探偵か何か雇って、メールの行き渡り具合を監視しているとか、メアドから個人を割り出せるとか、俄かにどころか俺が天才であるというくらい信じられないものであるが、彼はそれを信じていた。
それどころか、M氏は、そのメールを友人に送ったというのだ。
確か、そのメールは1日に9人に回せ、という内容だったのだと思うが、こんなもの、少し考えればわかることだ。
1日9人ならば、2日で81人、7日で400万人を超えてしまい、あろうことか11日目には全人類でも足りなくなってしまう。
それだけでも衝撃の事実であるが、それを完全に監視し、個人まで特定できるというのだから、宇宙人もびっくりである。
しかし彼は、そんなばかばかしいメールにも本気で畏怖していた。
そんな彼を、愚かな僕は、自分が助かるためなら友人が危険な目にあってもかまわない最低な人間だ、そう思っていた。
しかし、本当は、彼はそのようなことでも疑うことを知らない、きわめて純粋な人物なのだ。
きっと、本当に犯人が見つかってほしい、そのためなら自分のできることを何でもしよう、たとえ友人を傷つけることになっても、そう思っていたのだと思う。

誰だかは知らないが、そんな彼のことを「ビビリ」なんて揶揄し、あまつさえ影でそれをネタにして大笑いしていた人物、僕は決して許せない。


ここで、彼の好敵手を紹介しておこう。
いや、もはやここを常連にしている、人間としてきわめて最悪な部類に入る人たちにはおなじみであろう人物だ。
何を隠そう、4692様である。
M氏と4692、奇しくも高校デビューというものが重なってしまった為、この二人の関係は、いつもはらはらするものだった。
4692、中学校を同じくしたものならば誰でも思い出すのは、彼がいびられている姿だろう。
ビッグマウスが災いしてか、彼はいつも攻撃対象となっていた。
うっとうしい程の彼の立ち回り具合に、辟易としていた者は少なくないだろう。
しかし、そんな4692も高校デビューを鮮烈に飾ろうと努力をしていた。
同性異性かまわず、なれなれしく接するその姿には、虫唾が走ることもあるが、僕を横に置きながらもある程度の地位を確立できたことは、むしろ褒めるべき所業であろう。
いや、ここはそんな彼をサポートし、中学校時代のあれほど悲惨な出来事をほとんど漏洩せずにいた僕の功績のほうが大きいかもしれない。
尤も、僕が何を言おうと、信じるものは少なかっただろうが。
そんな高校デビューも順調に行っていた4692であるが、とある事件、そう通称「PHS事件」によってその努力は水の泡と化すのだ。
この事件の詳細についても、もはや話がそれてしまうのでまた機会があれば話そうと思うが、この事件と、持ち前のいんきん田虫によって、彼の評判は瓦礫の山になった。

そんな彼を、唯一好敵手としたのがM氏であった。
いや、好敵手といえば聞こえはいいが、事実上はM氏の一方的な敵視だったのかもしれない。
それが顕著に出たのが「矢部ホモ事件」と呼ばれるものである。

この事件、世界史上で見比べても、これほど個人の誇りをかけて戦ったことがあるのだろうか。
それほどまでに、なんとも形容しがたいものが残る戦いであった。
事の発端はきわめて単純なことだった。
M氏はその美しすぎる容姿を持つために、周りからは常に嫉妬の対象として見られていた。
そんな彼が99の矢部に多少なりとも似ていたためか、矢部と呼ばれることが何回かあった。
これが嫉妬心からくるものであることは彼もわかりきっていたのだろうが、彼が自分自身に持つ、自分の容姿に対するあまりにも高貴なプライドがこれを許さなかったのだろう、怒りを顕にしていた。
しかし、ビッグマウス4692はそんなことも意に介さず、M氏を「矢部~」と罵り続けた。
矢部氏もといM氏は、そんな愚の骨頂である4692に向かい「ホモ」と言い放った。
彼らの最高級の討論は徐々に加熱してゆき、その罵り相が頂点に達した頃、M氏はこう言った。
「次矢部っつったら切れるから」と。
もちろん、ここでやめないのが我等が八幡様、ものの見事に期待にこたえてくれた。
「矢部」、そう発せられた直後、M氏は鬼のような形相を浮かべ4692の下に走りより、それはかつてのマイクタイソンを思い起こさせるような攻撃の嵐を彼に加えた。
この、男とホモのプライドの掛け合い、それは美しくも儚い思い出となり、いまも談笑の場所には欠かせないとものとなっている。
そんなM氏であるが、高校も黄昏に向かう頃には和解をしたのか、ダブルスのパートナーは4692でもいいと言うようになっていた。

これらから察するに、やはりM氏は自分より力の弱いものは常に自分より下にあるべきだという、弱肉強食の念を胸に抱いているに違いない。
それを確かにするのに、こんな話もある。
Pちゃんと呼ばれていた人物がいた。
これは今のA2氏であるが、当時はそう呼ばれていたのだ。
M氏は、当初彼を下に見ていたためか、彼によくちょっかいを出していた。
しかし、腕相撲の対決で敗れるや否や、一切ちょっかいを出さなくなったという。
男の引き際をわきまえている彼には感服する。
また、書く言う僕にいたっては、まったく持ってちょっかいを出されたことはないのだ。
これはまあ、眼中になかったと言われれば、その通りだと納得するより仕方がないことである。
彼の名言のひとつである、「喧嘩は力じゃなくて技術」という言葉が示すとおり、彼は独りで弱肉強食を行きぬく戦士であったのだろう。


そんな彼は、当然異性にも人気があった。
美しくしなやかなその容姿に魅了されることはいた仕方のないことではあるが、彼のスマートな態度にもまた魅せられた者は多いだろう。

あれは確か水をも凍らせる、寒い冬の出来事だった。
マラソン大会に向けて、体育の授業は長距離走となり、憂鬱な日々が続く中、彼はいっそう輝いていた。
防寒の為に長袖長ズボンを着込む僕たちを横目に、彼は半袖短パンという男らしい姿で長距離走に臨んでいた。
また、腕にはその滴る汗を拭う為にリストバンドまで装着するという抜かりなさだ。
さしもの僕もあっけにとられ、その姿を今でも鮮明に思い浮かべることができる。
長距離走を終え、教室へと向かう最中、彼には賞賛が浴びせられていた。
僕たちの教室は端のほうにあったため、玄関からは多くのほかの教室の前を越えてゆくこととなっていた。
しかし僕から見れば、その教室への道のりはまさに凱旋道路、彼を一目見たい生徒のために用意された理だと思っている。
そんな彼に飛び交う黄色い声援を羨望の目で眺める僕に、とある言葉が聞こえてきた。
「なにあれキモーイ」そう、確かそんな言葉だ。
僕はその当時、彼を罵倒するその言葉がなんとも歯がゆかったが、今にして思えば、それはツンデレってやつであったのだと知る。
一時期大流行したツンデレ、彼はその何年も前にそれを得ていたのだ。
まったく持って計り知れない男である。

そんなツンデレ秘話、それは何も同級生に限った話ではない。
最後に、今でも伝説としてその名前を歴史に刻み続ける我が部最大の事件でもある「ホットメール事件」について話そうと思う。

今までの話は、同級生の妬みと嫉妬から来る羨望の裏返しが多かったが、今回は下級生をも巻き込んだ壮大な事件なのだ。
3年にもなると、僕たちは部活動から引退し、参加するときは在学生ながらOBのような立場になっていた。
彼は、その類稀なる面倒見のよさから、男女問わず下級生の部活動に参加し、指導していた。
僕は、そんな彼の実直さがあまりにもまぶしすぎて、傍から見ているのがやっとだった。
もちろん、僕も参加をすることだけならば可能であったが、彼と一緒だと比べられ、劣等感を味わうことを本能的に知っていたのだろう、その足は重かった。
そんな時、部室にひとつの紙が貼り付けられていた。
誰が一番かっこいいか、確かそんな内容だっただろう。
無記名記入制のその紙が張られてから、数日、徐々にではあるが投票数が増えていった。
そんなある日、我が部の両親とも陰の悪役とも言える珍念(後の和尚)がその紙を引き剥がした。
曰く、彼のプライドを傷つける、と。
男女共同で使っていた我が部であるが、確かに彼の名前の横には何も書かれていなかった。
しかし、これはおそらく彼に嫉妬する何者かが、彼の名前以外に印をつけたのではないだろうか。
今にして思えば、それ以外の理由が見つからないが、当時はその結果を実直に見てしまっていた。
これが若さか。

しかし、M氏はまったく持ってへこたれることもなく、下級生への指導はさらに熱が入った。
男女問わず、いやその割合は大きく偏りを持っていた気もするが、兎も角、彼は指導者としての責務を全うしようとがんばっていたのだ。
そんな中、とある話が浮上して来た。
曰く、M氏がいるとまともに練習することができない、と。
彼は、目にかなう生徒、特に女子であるが、がいると個人的に指導するほどに熱心な人物なのだが、それが逆に反感を買ってしまった。
当時はそう思っていた。
いや、今にして思えば、それこそまさにツンデレだったのだろう。
彼の気を引きたいがための行為であったのに、僕たちはそれを無碍にしてしまったのだ。
彼の元に一通のメールが届いたのだ。
彼はその内容をかたくなに話さなかったが、邪魔なので練習に来ないでくれ、確かそういう内容であった。
メールアドレスから推測するに、それは女子から送られた物であろう。
彼は酷く意気消沈し、翌日には学校を休み海を見に行くという、浪漫あふれる行動を起こしてくれた。

誰だかは知らないが、女を偽って彼にメールを出し、あまつさえ影でそれをネタにして大笑いしていた人物、僕は決して許せない。


まだまだ彼に関する話題は尽きないが、これだけでも彼が偉大な人物だということは十二分に伝わったと思う。
「紫伝説」や、「自由行動班伝説」など様々だ。
仲間内では多少知られている僕の起こした「修学旅行投函事件」に関しても、少なくはなく彼がかかわっている。
そして知る人ぞ知る「戒音様VSM氏、歌唱対決」なんていう僕が唯一彼と戦った思い出もある。
その他、語られていない話はいくらでもあるのだ。
要望があれば、そのうち書こうとも思う。
そして、僕たちの部活は、いや僕たちの高校生活は、完全に彼に依存していたのだと、改めて教えられた。

長くなったが、M氏に対する賞賛を胸に持って今日は幕を引かせてもらおうと思う。
最後に、大変長くなってしまった文章を読んでくれた感謝の言葉を。

アホめ、この暇人が。

失礼しました。
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  1. 2006/09/29(金) 07:28:10|
  2. 日想|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:3
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コメント

長かったな~
あいつは伝説だよ!
ところでPHS事件って何?
  1. 2006/09/29(金) 17:38:33 |
  2. URL |
  3. #-
  4. [ 編集]

>失礼しました。
まで読んだ。
  1. 2006/09/30(土) 03:57:43 |
  2. URL |
  3. 正男 #UAFbf53c
  4. [ 編集]

思い出し笑いした.
プール事件ではそんなことが起こってたのね.

ホットメール事件・・・そんな事件があったなんて知らなかったなぁ,いえ,ほんとに.
  1. 2006/10/20(金) 10:54:10 |
  2. URL |
  3. みとぅ #RaJW5m0Q
  4. [ 編集]

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