時間越しの景色

冬の野山の寂しげな雪たちも、時間越しの景色にはきっといないんだろうな

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はじまりのさよなら

俺にしてはあまりにもありきたりなタイトルだが、ググって見たらそうでもなくて安心だ。
とても感慨深い言葉ではあるが、いまいち実感が沸かない言葉でもある。
とある状況限定にすれば、非常に意味のある言葉なのであろうが、なんと言うか、俺が使うのはおこがましい木もするが、それは置いておこうと思う。
話が進まないからね。

俺ももう4月からは社会人になる。
多分、そうなったら更新速度はさらに落ちるし、本家の更新なんて皆無になるだろう。
その点を見れば、JAKOやkalなんかはすばらしいと思う。
マルチなんて、社会人4年目に突入するというのに、いまだにネトゲで現役なのも、尊敬に値しないこともない。
やってることは尊敬できるものでもないし。

もはや、俺に残された猶予は1ヶ月もない。
遣りたいこと、まだまだたくさんあるし、4月からも少しやりたいこともある。
見たい、いや見てみたい映画もあるしね。
でも、それらを犠牲にしなければならない。
生きるためにそうするしかない。
一応、これでも人生の指標というか目標というか、そういうものを明確に持っているため、ここで死ぬわけにはまだまだ行かない。
さて、どうしたものだろうか。

モラトリアムっていうか中二病っていうか、そりゃあまだまだ働きたくはない、それが本音。
でも、今まで23年間以上生きてきて、それを公に口に出すのも恥ずかしすぎる、それこそ、俺にとっては何よりも恥じであり、社会的に抹殺されかねないようなこと。
働かないことと働くこと、それを天秤にかけたら前者が第一宇宙速度を超えるほどに飛んでいくことは目に見えているのだが、それでも前者にすがりたいと思うのはやはり甘えなのだろう。

これは個人的意見ではあるが、正直言って、責任を持つ立場にない人間を人間として扱うことには否定的である。
倫理観を持ち、道徳を持ち、社会に貢献する、それこそが人間だと思っている。
まさか自分がそれから外れるわけには行かない、というか自分自身で絶対に許せない。
正直、死んだほうがまし、位に。
だから、どれほど甘美な誘惑にも打ち勝たなければならない。
そうしないと、人間ではなくなるから。
他人を非難できないから、他人と対等になれないから、他人と暮らすことすらはばかられるから。
俺はせめて人間でいよう、とそれだけが唯一の支えになる。

多分、こんな生産性のない文章を書いたのは風邪を引いて意識が朦朧であるためだろう。
後で見たら恥ずかしくて消しそうな内容ではあるが、本音であることも否めない。
そういう意味では、俺はやっと人間になれるのだ。
はじまりのさよなら、さて表題に沿ったということで、これからも生きて行こうと思う、死ぬまでは。
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  1. 2007/03/10(土) 00:21:40|
  2. 日想|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1
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コメント

「ハングリーうんこ」をありがとう.この言葉に出会えてよかった.
  1. 2007/03/10(土) 23:30:28 |
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  3. みとぅ #RaJW5m0Q
  4. [ 編集]

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